子供企画版 シャーロック・ホームズの冒険

第21話 『4人の署名』
THE SIGN OF FOUR

〜近代精神としてのホームズ〜


 『緋色の研究』(ホームズデビュー作:長編)100周年の記念作品として映像化された長篇、『四人の署名』の登場であります! ジャケ裏によるとね、35ミリフィルムで撮影されたらしい。
 これさ、1時間40分以上あるんですよ。100分ね。これを見て「どう書こうかな〜」

と苦悶していたんですが、さすがに気付きました。これはこれまでのようなやっつけレビューではできっこないとね! いや! これまでもやっつけじゃないけどね! 最低3回くらいは観てるけどね! 今回はちょっと気合い入れないと見れないんだわ!

 つうことで、今回はじっくり観るのに相当な時間がかかりまして、メモを取り始めてすでに5日が過ぎました。頑張ってんのにまとまってないし。
 
 書くのが難しい理由は、一口に言うと「見所が多い」ということです。たとえば、オープニング・メロディーは凝りに凝った荘厳なものだし、ゲストも多様。エキセントリックな兄弟はつっこみどころが多いしもちろん本筋もいい。セットなどもリアルに「金かかってんな!」と思わせてくれるものばかりです。

 ですが、メインではその大半に触れないでやってみようと思ってんでかなり時間がかかったんですね。ちょっと散漫かもしれないですが、見所が多いためいくつかのテーマに分けて書かせてもらいますね。

 その@ "鏡越し"について
 
 今回、「鏡越しに人物」というカットが多用されています。まずはそのカットを抜き出してみますね。

1)依頼人から話を聞くシーン(ベイカー街)
 このカットは、始めワトスンと依頼人が小さい鏡に2人で映っているところにホームズの顔が入ってくる構図。ワトスンはちょっとおかしいんじゃね?と思うくらい依頼人さん(女)に近いところにいるんですが、原作にあった設定(事件後にワトスンと結婚)が端折られているので、その辺りの配慮なのかもしれないですね。ワトスンが好感を持っていることの強調ね。
2)2人で出かけるシーン(ベイカー街)
 拳銃を準備するところからワトスンに意見を聞く所まで。
3)鏡に映る依頼人(サディアス邸)27分30秒
 ここはね、すごーく発見しにくいっす。けど、毅然とした依頼人がエキセントリックな男の話を真剣に聞いてます。両極の個性を持った2人なので同じフレームで聞いているよりはかなりいい構図だと思いますね。一回ではほぼ絶対見逃しますけどね。
4)小さい鏡に映る犯人(ベイカー街)
5)「難しい事件を1人で解いた満足感さ」丸鏡に映るホームズ
 
 100分で5回も出てくればそりゃあ触れないわけにはいかないんですが、こじつけすぎても変なので無理をせず、作品内のアクセント、と考えてます。(つまり、意図がいまいちわかんないの。)ただ、上のどれかのショットが原作の挿絵になってるのかもしれないんです。このシリーズの基本コンセプトは「文化・作品的に完全映像化しよう!」てことだったんで、挿絵も忠実に再現されてるんです。で、仮にそうだとすれば、僕の直観だと特にかっこいい「5)丸鏡に映るホームズ」だと思うんすよね〜。

 そのA ワトスン批判

 もはや恒例とも言えるホームズのワトスン批判。
 最近特に思うんですけど、これは、単にコンビのいざこざを示しているだけじゃないんじゃないかと思うんだよね。今回は特にわかりやすいんで、いいいかげんみっちり書いておきます。
 今回もホームズはワトスンの著作について愚痴をこぼした挙げ句、女性の依頼人が来る直前にこう言います。

ホームズ「犯罪捜査は厳密なる科学たるべきだ。観察と推理。冷静にして無感動なテーマだ。それを甘い恋物語にしている。(実験器具類の前に座るホームズ)君は人を外見によってのみ判断するが間違いだよ。美しいからと言って善とは限らんのだ。……特に女性はね。」

 ここから先はフランス人の依頼人が帰ってからですけどね、NHK版ではカットされています。

ワトスン「魅力的な女性だ」
ホームズ「個人の特質によって判断を誤るなよ。依頼者は単なる材料だ(事件の要素にすぎない)」
ワトスン「君はまるで機械だな! 人間離れしたところがある」

 例外無く法則が全てだ、と吐き捨て、ホームズは外出します。

 このシーン、かなり対比的に映像化されてるんですが、伝わりますかね。ホームズは、科学を主張します。丸底フラスコとかが並んでるとこで。科学なんですね。近代科学。だから論理も当然「科学的論理」なわけです。
 この立場にいるとですね、主観的、いや、もっと日本語として正確に言うと「文学的」思考と考えていいすけども、つまり、情念とないまぜになって事実上精密には共有不可能な領域、これは無いものとする、あるいは「かっこにいれて」おかなければならない。イギリス経験論、とくにバークリぽく言えば、「知覚されたものが存在する」的な、主観的経験論なわけで、ホームズにとっては、主観といえども予断が無いわけです。
 一方のワトスンは作家で、文学的素養があるという設定なわけで、当然ながら趣向が違ってきます。まず、「きれーな女性だなー」から入るわけね。まあ、主観的と言っていいでしょうが、精密でない(ホームズにたしなめられる)のは、明らかに「自分の予断(主観)」を「対象(客体)」と同一視する傾向にある点です。一般人、と言っていいけどね。

 非常に重要なのは実はここから先なんですけれども、今言ったワトスンの傾向、<「自分の予断(主観)」を「対象(客体)」と同一視する傾向>において、たしなめられるべきは「同一視する傾向」であって、<自分の予断=対象>の信憑性ではないですね。
 順を追って考えてみると、<自分の予断=対象>と考えてしまう傾向というのは、それに不都合がないからそういった思考回路になるんで、おそらくワトスンは(あるいは文学的な考え方をするほとんどの人は)自分自身の経験から、不都合が無いという理由(=根拠)が与えられてるわけだよね。いわゆる直観というやつですが、極端な話、目の前にある「ボールペンの色=赤色だ」というのは、たとえに過ぎませんけども、直観です。で、この例の場合、客体が主観与件と同一としてほぼ万人に与えられる(知覚される)わけで、問題ない、とされるわけ。てことは、主観的に考えてもオッケーだろうという思考回路への信頼ができるわけです。そうしてその問題ない主観的論理展開を経験しつづけた結果、曖昧な部分を度外視してもまぁオッケー、みたいな、「文学的思考回路」が形成されていくんだと僕は思うんですね。
 ただ、この回路は便利なかわりにものすごい落し穴もある。「観察と推理」(これも「主観」です)が錯誤した場合、事実とイコールで無くなってしまうんですね。ホームズが皮肉る「甘い恋物語」というのはそこですよ。単に揶揄してるのではなく、そこがわかってないとホームズの言いたいことがよくわからないだろうなと思うし、僕はまともに『聖典』読んでないんで偉そうなこと全然言えないすけども、ドイルもやんなっちゃうな〜と感じたんじゃないかって想像するんだよね。

 そのB 莫大な富

 インドからの引き揚げ者なんですが、この辺りの世情やなんかは他の所で書いたので割愛します。ただ、今回はかなり壮大な話ですね。「曲がった男」なんかより数十倍デカい話。でも、一見荒唐無稽っぽいけど、もしかしたらこんなことがすごくたくさんあったのかもと思えた。僕的にはリアルでしたね。

 そのD 後半45分

 屋外ロケになるんすけどね、すごいすよ!
 かなり見逃しそうになりますが、多様な馬車の型! 船! 紙芝居屋! そして孤児!(孤児?)
 19世紀末のロンドンムード満載っすね! これってすごいお金かかってると思う。「見逃しそうになる」ってのは、展開的に緊迫しているという理由もありますが、「ごく自然」だからでもあるでしょうね。川の対岸の風景なんて、何回か見ないと合成だってわかんないっす。さすがにロンドン橋はあからさまに怪しいレベルだけどな。
 たぶんドライアイスですが、霧まで作ってんだよ〜。蒸汽艇とかも特注だろうし。ただ、NHK版だとここいら辺はカットシーンだらけですね。すっごくもったいない!

 そのE ネタバレです(色替え)

本を朗読するホームズ
「アンダマン諸島の原住民は地球上で最小の人種であると思われる。凶暴で気むずしいが、信頼を得れば厚き友情を示すこともある。遭難者には常に脅威である。石の棒で頭を殴ったり、毒矢を放って生存者を襲う。この虐殺によって食人祭をする」
「……愛すべき人種じゃないか」

 アンダマン諸島は当時のイギリスの流刑地で、インド洋にあります。第二次世界大戦では日本が占領した最西端。2006年現在でも800人ほどが石器時代と同様の生活をしているそうです。
 さすがにそういう知識は日本の現代人の僕にはないんで、「流刑地」とつながるのにちょっと時間がかかりましたね。

 ホームズの感想、「愛すべき人種じゃないか。」これがわからない。わからないまま気になったので書いときます。

 そのF 捜査手法

 『青い紅玉』の市場や『美しい自転車乗り』の酒場なんかでもそうだったんですけども、ホームズの聞き込みはホント巧い。聞き出し方のコツ、ホームズが自分で説明してくれてんで紹介しときます。

ホームズ「相手の情報が大切だと悟らせてはいけない。話してくれなくなるからね」

 はい、ここテストに出しますよー。

 そのG 名犬

 名犬トービィ(コリー)が登場します。出て来るシーン全てで最高の演技してますが、僕が一番好きなのは孤児っぽい子供等がベイカー街221Bをどたばた出て行く時のキョロキョロする仕草っすね。かわいいよ。

 
 ……。

 以上、やはり散漫な感じになっちゃいましたが、かなりのアドベンチャーで、しっかりした推理もあり、また壮大な背景もある、特別編にはうってつけの作品ですね。レビュー書くのはちょっとしんどかったんですが、ゆっくり観たいな〜と心から思ったよ〜!
〜〜〜〜
ホームズ「不可能を消去した時、残ったものがいかに突飛であろうと真相なのだ」

これはよく覚えていたセリフですね。というか、自分で考えた論理だと思ってた。
他に、<有るべき物が無く、無いべき物が有る。それは人間が介在したということだ>って持論があったんだけども、たぶんホームズが言ってたんだろうなと思い直した。

ホームズ「この顔の歪みはヒポクラテスだ」(ヒポクラテス・スマイル)
で、ちょっと調べたんですけども、ヒポクラテスの金言
<Vita brevis, ars vero longa; sed occasio momentosa, empirica periclitatio periculosa,

indicium difficile. 人生は短く、技芸(医術)の習得はあまりにも長い。>
って、芸術についてよく言われる言葉すけども、本来は医術に関してだったみたいすね。トリビアだよ〜


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