子供企画版 シャーロック・ホームズの冒険

第6話 『まだらの紐』

THE SPECKLED BAND

〜MADらの紐〜

 本格ミステリファン(僕は違いますけど)の中で特に人気が高い祈念碑的な作品、『まだらの紐』。なんせ、「密室」ですしね。「凶器」も面白い。原作者のコナン・ドイルの自選第1位に選ばれているそうで超有名な作品す。

 しかしですね……僕が見るに、注目すべきは凶器じゃないすね。むしろ<狂気>。Mad Scientistの斜陽老人と、Mad Detectiveな我らがホームズとの対決。本筋と関係なく言わせていただいてるんですが、かなり狙って好対照MADだと思いますよ、この回。

 順を追ってご紹介しますが、まず爺さんね。この人、髪がボサボサなのね。ちょっと表現難しいんですけど、東京で言うと武蔵野?みたいな?(←全然違う) 起き抜けのベートーベンみたいな感じ。

 対してホームズですが、早朝からかなりパリッとしています。ちょっと顔色が白すぎますがね。で、やっぱ依頼人の恐怖話とか聞いて俄然ウキウキしてる非道ぶり。鬼だと思うねマジで。

 早々にこのお二人の力比べっぽいのがありまして、これが笑える。老人が暖炉の火掻き棒(直径2センチくらいの金属)をねじ曲げます。……Mad。でも老人の退席後、ホームズはその棒を元に戻すんです。オリャーといった感じで。

 DVDのジャケ裏にもここが見所と書いてありますが(←まぁ、ホントに「見所」なのかどうかぶっちゃけ微妙だけどね)、直後の

 

ワトスン 「( ゜Д゜)ポカーン」

 

ここだね! ここ! 僕、リプレイして何度も爆笑したもんね! なかなかのリアクションだよ、ワトスンくん! ……えっと。こんなとこで盛り上がってるんで、遅々としてレポートが進まないんだよね。

 

 その後、現場付近では風が強くホームズの髪が乱れに乱れまして、ホームズの必死さや事の重大さが伝わってくるというか、捜査の緊張度が最高潮に高まって行くというか、いやもう、正直言って、圧倒的なMadさ加減しか見えません。

 

 冗談だよワトスンくん。僕にはそんなに底の浅いお話じゃないと思えるのだよ。

 実はですね、この回の事件の根っこにはホームズが生きている19世紀末のイギリスの経済状況があります。他の話ででももちろんそうなのですが、大英帝国が築き上げた富が、イギリスの片田舎にも確実に浸透していた状況がわかるんですね(大英帝国は世界各地に植民地を作り、富を絞り上げていました)。だってね、トラとかヒヒとかいるんすよ? 庭に。ありえないよね?

 かなり当たり前にスルーされていますが、時代が変わってみるとメチャクチャ不自然だ。「トラとかつっこめよ!」って普通思いますよね。僕だったらつっこみますね。

 

依頼人「トラがいるので気をつけて」

僕「トラかよ!」←ヒネリ無し

 

 でもね、この"つっこめない"ってとこが味噌なんです。つまり、これが当時の常識なんですよ。同じくつっこんでいないのが、富なんです。異常な富。こちらも、ホームズの時代ではおかしくないわけ。

 これは僕の推察に過ぎませんけども、大英帝国の富は、政体の勝利ではあったと思うんですけれども、自らの技術で創出した富でない以上限界があったはずで、個人レベルでも徐々に、そして確実に目減りしていったんだと思うんです。「犯罪」にまつわることで重要なのはここからで、富みに対し無努力であればあるほど、それを死守しようとする願望だけが生まれてくる。且つ、そもそもが搾取によって生まれた富なわけで、イギリス人が個人レベルで日常生活の改善を図ろうとするはずもなく、結果破滅的な事態に直面するのは必定です。で、それを予感して誕生した歪んだ「富の保存」は、"天才"ホームズに刺激を与えるほどの<狂気>へと変貌して行くんだと思うんです。この手の<動機>は、他にもいくつか見受けられます。スケールは「火サス」とかの比じゃないね。

 要するに事件は「表層」で(もちろんその表層さえ、ホームズをも手こずらせる分厚い表層なんですけど)、ホームズ世界の事件の背後には、文化全体が後退して行くような、そういうムードが見えてきます。今の日本ももしかしたらそうなのかもしれませんが、僕もホームズやワトスンと同じように、同時代のムードに本質的な違和感を感じることができません。

 

 さて、……わけがわからなくなってきたので話を戻します。本作は全部で4回ほど見返したのですが、本当によくできた構成すね。肝になる伏線もしっかり張られています。で、見返した副産物として、吹き替え版での新たな発見がありました。NHK版では露口茂と長門裕之のアフレコなんですけど、細かく切り過ぎているシーンと英語でのカットシーンを直につなぐ"完全版"ではちょっとヘンな感じになってしまう所があるんです。そこで、露口or長門の代わりに代役の声優が充てられている箇所があります。そこに気付いたってだけですけども、ちょっとMadがうつって来てるようで、ちょっぴり憂鬱症です。


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