子供企画版 シャーロック・ホームズの冒険 第7話 『青い紅玉』 THE BLUE CARBUNCLE 〜生まれる温度差(前編)〜
いきなりですが、本編でも導入部がかなりカットされています。「ブルー・カーバンクル」と呼ばれる宝石の持ち主の登場シーンや重要人物たちの絡み、ホームズ&ワトスンによる「落とし物」の分析など、随所にカットされています。僕が見るにこの回を<一編の作品として>見た場合、これらのカットは実に的確だと思うんですよ。もちろんNHK版が完成度を低めているのは否めませんが、これらがどうしても必要かと言われれば、「そうでもない」。(むしろ「そうでもない」からこそカットなのだ、という論法の方が正確でしょうけれどもね) しかしながら、この回を<ホームズの冒険>という一連のストーリーとして追って行く場合にはちょっと事情が変わってきます。 たとえば、第6話くらいからホームズは薬物中毒からの脱却の兆しがあり(パイプやタバコをやりますが)、かなり健康的になっています。ただ、皮肉なことに健康を取り戻すにつれて事件が矮小化していってしまうんですね。ホームズのせいではないんですが、ようやく調子が戻ってきたというのに、推理するに足らないくだらない事件がやってくるわけです。
実にたわいもない事件、「落とし物の持ち主探し」を、ほぼ暇つぶしで(寝間着のまま)推理するホームズ。ワトスンにジョークだと思われるほど果てしなくも深すぎる推理。対してワトスンは、ホームズの言葉を借りると「全て見ているが推理していない。臆している」状態。ホームズは純粋に推理に生きる人で、ワトスンは見ているつもりの人、ですね。この落とし物の推理はほぼ全てカットされていますが、作品全体を俯瞰すると極めて重要な要素になるも−チーフです。次回、第8話ではそれが<事件の矮小化>とは別の角度から鮮明になるんで、今回は閑話休題。
この第7話、僕は大好きなんですけれども、それはごくありふれた日常が事件の微かな端緒となり、たぐり寄せて行くとでっかい事件につながっていく、というところなんです。で、その「たぐり寄せ方」がね、面白い。聞き込みではホームズの巧妙な話術が冴えまくり。押してもダメなら引いてみろ的な、訊いてダメならあえて諦め喰いつきを待つ。そのやりとりだけでも絶妙です。
さて、たぐり寄せた犯人なんですが、ホームズは本作で始めて、見逃してしまいます。ワトスンは当然ながら異議を唱える。
ワトスン「ホームズ! 今回の結末は気にくわない」 ホームズ「僕はね! 警察のために仕事をしているんじゃないんだよ。たしかに、見逃したのは犯罪者かもしれん。……だが、1人の魂は救えたろう」
この「1人」とは、直接的には犯人のことでしょうけれども、本質的にはえん罪になりかけた男も指します。この微妙な議論のすり替えが功を奏し、クリスマスの恩赦(プレゼント)というオシャレな感じでエンディングを迎える。見逃したという問題は不問に付されたかのようです。
ホームズは、軽微な犯罪を犯罪と認めなかったのでしょうか。僕の考えでは結論は出ています。ホームズは、自覚して犯罪者になったんだと思います。
(ストーリーに抵触するので、以降、一部文字色を変えておきます。)
実は、ホームズはこの回で事件の依頼を受けていないんです。これはおそらく、ホームズの行動(見逃し)を決めた決定的な要因の1つでしょう。社会的な縛りが無いわけ。身分としては1市民であり、相応の判断をしたと考えられます。2つ目は、この回の中心になる宝石、ブルー・カーバンクルです。ホームズはこの宝石を偶然に「拾う」んです。その証拠に、宝石を彼のミュージアム(第1話の登場人物の写真やコカインの注射器などが並んだ引き出し)にしまいこんでしまう。僕、渾身の力を振り絞ってつっこみましたけどね。
お前、盗っちまうんかい! と。
ここで、ホームズは<共犯>となっている。だから、実際に問題なのは「見逃す見逃さない」という点ではないんです。
ここで、僕には疑問が出てきました。すなわち、「この、犯罪者ホームズの、作品としての<意義>は何だろうか?」 市民的な善を信じるワトスンに対し、芸術的魅惑を愛するホームズ、か? たぶん違いますね。仮にこうしてしまうと後々つじつまが合わなくなってくる。というか、上のように価値基準が根本的に違ってしまった時点でコンビはやっていけなくなってしまう。 僕の考えを言うと、「事件と生活の一線」です。ホームズは、生活と事件を混同しない。事件とは、彼にとっては純粋に推理であり、「抽象abstruct」の仕事です。宝石が転がり込んできたのは(依頼を受けていないから)事件ではなく生活。生活の事実を、ホームズは例えば倫理道徳というような抽象で判断しないのだと思います。
で、ここまで書いてちょっと気になって、 「まさかここからイギリス哲学になんて行かねぇよな」と思ってたんだけどもね、調べていたら「ある」んです。。 ということで、心ならずも底なし沼の様相を呈してきたこの企画、とりあえず次回が後編ということでよろしくお願いします。 |
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