子供企画版 シャーロック・ホームズの冒険
第12話 『赤髪連盟』
THE RED HEADED LEAGUE
〜ID推理〜
赤髪連盟、僕が小さい頃読んだのは「赤毛同盟」だった気がしますが、要するにそれ。傑作ミステリの一つで、たぶんミステリファンで知らない人はいないでしょう。ダメ人間ホームズは、また依頼人を前にして深刻な事件について笑ったり依頼人のコメントに激怒したりしてます。ダメですねー(諦観)
依頼人について観察し、その人となりを言い当てた後のカットシーン。(ここの観察・推理などもかなりカットされてます)
依頼人 「驚いた。聞けば結局何でもない事ですな」(笑)
ホームズ「あまりさらけ出すと僕の名声など雲散霧消か」_| ̄|○
ワトスン「"何事も説明すれば当たり前"(ってことですよ)」
ホームズ「それは上っ面だけの翻訳だ!」ヽ(`⌒´メ)ノ
推理の真意を考えさせるには適切なやりとりですが、日常生活だと考えるとやっぱりかなり厄介な人です。
さて、今回はホームズと「証拠」についてちょっと書きたいと思います。
原因ー結果の筋道としての推理、この推理にまつわる「証拠」には、僕が見るに2つのタイプがあるんです。
1つ目は推理のきっかけになる証拠で、これは観察により得られます。例えば依頼人が来た時、その人物を観察して得られるもの。ホームズはこれに自分の知識を動員してかなり強固な仮説を作り上げます。僕のようにず〜〜〜〜っとこのDVDを見続けていれば誰でも気付くとは思うんですが、ホームズの「推理」は絶対に憶測ではありません。極めて強固な仮説、確証こそしていないがほぼ間違いなく真実であろうと思われる洞察です。欠けているのは確証、確認ですけれども、その推理のきっかけが物であり、それについての知識が緻密であれば、確証が取れているのとほぼ同然です。前回の葉巻についての知識、今回の刺青や時計など、あらゆる文化に造詣が深い。非常に勉強をしていると同時に、現代と比べて当時のイギリスは圧倒的に文化的なこだわり度が違うため、特定しやすいんじゃないかなとも思いますね。今回も赤毛の依頼人について、手の造り、袖口、手首の刺青、時計鎖について観察し、知識を動員して人物像を見事に洞察します(ホームズは「刺青の本も出している」らしく、ちょっと引きますがね)。
証拠の、2つ目のタイプですけども、たぶん普通の意味での証拠でしょうね。事件・推理の裏付けになる物証のことです。もちろん、ホームズの冒険にもこの手の証拠はたくさん出てきます。事件、あるいは犯人特定のための決定的証拠というやつね。僕には他のミステリがどうなのかを検証する気は一切ないものの、ホームズが見つける「裏付け」という意味での証拠はかけずり回ってたまたま見つかったという要素が皆無です。推理が緻密すぎるので、「ここには絶対にこれがあるはずだ」とか、「ここにこれがあるのは絶対におかしい」という理屈が先行し、果たしてそこにある/ないという具合になる。だから、厳密に言えばこれは事件という行動の固まりの、事実上の裏付けを取っているというよりは、第10話でお話ししたような「ホームズの漸近線」の証明をしているということになります。こう行動するからここにこれがあるべきだ、という論法であって、これがあったからこうだ、というような1つ目の証拠の扱い方とはまったく違ってきます。
この「2つの証拠」の決定的な違いというのは、因果関係が自明であること(依頼人の所持品の時計etc.)を踏まえて原因を推定するための証拠(1つ目の証拠)と、因果関係を推定した後にその関係性が事実存在した痕跡としての証拠(2つ目の証拠)として考えることが出来ます。作品中、1つ目の証拠を使わないということはないんですけれども、ホームズは事件の核となる推理では1つ目の証拠はほとんど使っていないことがわかります。なぜなら、これは恣意的に、そして完璧に偽装される恐れがあるんです。ホームズの武器は論理ですが、仮にホームズ並みの論理家が相手であれば、その論理を逆手にとる可能性があるんですね。
ホームズの脳内推理は事実に対して客観的でいる事が出来る。その漸近線上にある必然を辿った先の証拠、すなわち「2つ目の証拠」があれば、事件の全容からそう遠くないことが明らかなんです。
そういう事を考えながら何度も見直していると、はじめに紹介したシーン、ホームズが"種明かし"をした後で依頼人のリアクションに腹を立てる理由がすごくよくわかる。
依頼人 「驚いた。聞けば結局何でもない事ですな」(笑)
ホームズ「あまりさらけ出すと僕の名声など雲散霧消か」
ワトスン「"何事も説明すれば当たり前"(ってことですよ)」
ホームズ「それは上っ面だけの翻訳だ!」(語気を荒げて)
ホームズは、推理のなんたるかを知らない無知に腹を立てています。しかも、ホームズがしている推理は「当たり前」なんかで済む水準ではない。
たとえ話としてはどうかと思いますけども、以前、ヤクルトスワローズの監督で関根潤三さんて人がいたんですね。その人が解説者になってやってた仕事が傑作だった。失投の甘い球をとらえられてホームランになった場面で、「今のは甘いボールでしたね、ホームランになりますね」と。いや、見てるから。全国の人が知ってるから!って思うでしょ。こんなのは本当の解説とは言わない。でも、元監督でさえ普通はその位のレベルなんですよ。起こった事(1つ目の証拠)に対して右往左往するレベル。ところがその後、ヤクルトの監督になった野村克也さんの解説はですね、もう怖かったっすよ。予言者じゃないかという勢いで配球を当てまくっていてね。「つぎはアウトローにスライダーで、バッターは引っ掛けてセカンドゴロです」。うん、セカンドゴロになったんだよね。怖いくらい、と言うけれども、これは完璧な推理の賜物だったはずです。
ノムさんはマスコミをよく知っているから「ID野球」というキーワードだけ作り上げて、その内実をさらけださなかった。「なぁんだ、そんなことか」と言われるのがオチだからでしょうね。
漸近線とか言ってるとその線の延長に証拠があって、それを集めると解決するかのように思われがちだけれども、そもそもその漸近線はまったくの白紙の上に書いていかなければならないものであって、これは努力無しにはありえない。だからホームズは軽薄な評価に腹を立てるんだと思うね。
さて、「人間は、仕事が全て。」とホームズがフロベールの手紙を引用しているように、彼は自分の仕事が人々の役に立っているように感じ始めます。が、グラナダ・シリーズは次回でホームズにとって最大の強敵が登場するんです。そう、ホームズの武器である論理を、極めてレベルの高い次元で悪に使用する天才、原作では『恐怖の谷』で暗示された、ロンドンにおけるあらゆる犯罪の黒幕、モリアーティー教授です。
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